御主殿跡を見学した後は、御主殿の滝を見に行きました。




↑これが現在の滝の姿
もともと「滝好き」なので、滝があると聞けば見に行かずにはいられません。ちょうど、ボランティアの説明の人がいらっしゃったので、滝の場所をうかがうと、「今は水が枯れていて、ほとんど流れていない」とのこと。それでも、一応行ってみることにしました(滝の水量が少なくなったのは、周辺で行なわれた圏央道工事のせいだという説もあります)。

↑400年前に死んだ牛馬のための塔婆
滝の手前には古い石碑が立っており、そばには真新しい塔婆がありました。書かれていた文字は「八王子城落城戦没牛馬各霊菩提也」。400年以上も昔のことなのに、今でも鎮魂のためにこうして祈りが捧げられているのです。
写真で見たことのある御主殿の滝はもっと滝らしかったのですが、この日見たそれは、流れ落ちる城山川の水にしか見えませんでした。落城のときにはこの川の上流で武将や女こどもが次々に身を投げ、川が三日三晩、血で染まったといわれています。「心霊スポット」とされる理由も、ここにあるのでしょう(近代になってからも殺人事件があったそうです)。
滝を見てしんみりしてしまったのと、夕暮れが迫っていたこともあって、今回の城跡見学はここまで。帰る途中、自転車で数分の場所にある「北条氏照」の墓に立ち寄ることにしました。
北条氏照は八王子城主。北条氏の三代目当主・氏康の次男(または三男)といわれています。滝山城主だったこともあるので、多摩地区には縁のある人なのですね。しかし、八王子城落城のとき、氏照は小田原城で決戦を控えており、八王子にはいなかったのでした。

↑道路に道案内が
氏照の墓への道は、路上にしっかり書かれていますのですぐにわかります。まるでフランドルのような(←行ったことないけど)石畳ガタピシ道を数百メートル進んで小さな橋を渡ったところで、自転車は行き止まり。ここからはほんの少しの徒歩と、160段に及ぶ階段が待っています。はるか上まで続く階段を見たときには「やめよっかな~」と思ったくらいでしたが、せっかく来たので登ることにしました。

↑墓に至る階段。心霊写真ぽく撮れました(笑)
こちらが、北条氏照の墓。一応手入れはされているのですが、すごく淋しいところにあって、そばには傾いた石碑が無造作にあちこちにあり、「荒涼とした」「不気味」といった形容詞しか思いつきません。

↑北条氏照の墓
「墓」とされていますが、実際にそこに埋葬されているわけではないようです。氏照は小田原で切腹して亡くなっており、この墓は彼の「百回忌」にあたる元禄年間に建てられたものなのです。なんつーか、負けてしまった立場というのは扱いが厳しいなあ。同じ「負け組」にしても、「武田信玄の墓」に比べると本当に淋しいものです。

↑自転車たちも心細そうに待っています
本丸跡へ至る片道40分のハイキングコースも魅力的ですが、周辺には資料館や、氏照ゆかりの「宗関寺」など見どころがたくさんあります。八王子城攻略には、あと4、5回は通わないとダメみたい。
管理事務所のおじさんには、「紅葉の時期にまた来るといいよ。高尾山よりずっとすいていてきれいだから」とアドバイスをもらいました。紅葉の時期はさらに日が短くなっているので、ホントに早起きしないとなー(笑)。
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