立川方面へ行く途中、「たまらん坂」を通ってみることにしました。




↑坂の立て札があるところ
国分寺市と国立市のあいだにある「たまらん坂」は、RCサクセションの「多摩蘭坂」が発表されて以来、RCファンの「聖地」となってきました。
自転車生活をはじめたばかりのころにも見に行ったことがあるのですが、そのときは何の変哲もないフツーの住宅街の坂でした。いまは清志郎さんへの追悼の思いをこめて訪れるファンが絶えないと知って、見に行ってみたのです。

↑たくさんの花や飲み物が置かれています
私自身はそれほど熱心なファンではなかったのですが、地元のヒーローとして、自転車愛好家の先輩として、清志郎さんの存在は常に身近にありました(追悼記事は別サイトのこちらにあります)。あの坂に花束を置く場所なんてあったかな~!?と思っていたのですが、そこはまるで祭壇のようになっていました。

↑いろいろなメッセージも
電柱にはノートとボールペンがぶら下がっていて、ファンがさまざまな思いを書き込めるようになっています。私がいた数分のあいだにも、4人の人が訪れて手を合わせていました。
ファンにとっては「聖地」ですが、実際には民家の塀の下。花束の山や絶え間ないファンが、万が一トラブルのもとになってはいないだろうか!?と心配していたのですが、きちんと管理されている様子でひと安心。
↑貼ってあったメッセージ(クリックで拡大されます)
四十九日までは、この場所はこのままファンや花束を受け入れていくそうです。「葬儀式」でお別れができず心残りのかたは行ってみてはいかがでしょうか。





この現象は考えさせられる内容ですね。
秋葉原では例の事件のあと,毎日献花を別の保管場所へ移すようにしていましたが,こちらの路上に49日まで枯れても置いておくのは衛生上からどうかなと思いますよ。
この手紙も常識的な女性を非難しているようにも取れる内容ですよね。花や飲料水ならごみでは無いと考えるのは間違いではないかと疑問に思います。
本当に「気持ち」を重視するなら3分お供えして自宅へ持ち帰ってもいいと思います。
nekki5149さん、コメントありがとうございます。
献花などが多い場合はどうしているのだろう?と思っていたのですが、秋葉原ではそのようになっていたのですね。
最近は、一般のお墓参りでも飲食物のお供えは自粛するよう呼びかけるところが多いですね。カラスやネコ対策、衛生上の観点からも仕方のないことと思います。
名乗りもせず記名でないこの管理人は、しかもこの貼り紙でのみ周辺住民の方々に一方的に“お願い”している様にしか読めず、その上結果の分からぬ市長への“気持ち”を記すというやり様はある種の威嚇にしか読めず、私はとても不愉快に感じました。
というコメントを書かれるのはみいこさんの本意ではないと思いますが、すみません。
異論反論などは、私もサイトを管理していますのでそちらで承ります。
やっぱり、こんな風になってますか・・・。
致し方ないですね、少しの間は。
ただ「枯れた花を捨てようとした女性が理解できない」とあるのは理解できないです。
むしろ、訪れたファンが積極的に片付けるべき話じゃないですかねぇ?枯れてるなら。
管理は付近の人に喜ばれるくらいじゃないとねぇ~。
49日までの話なら、お互いに気配りをするのが亡くなった人への配慮でもあるんじゃないですかね。
こんな事でもめたらだいなしですよ。
「愛し合ってるか~い?」
清志郎Forever!
小隊長さん、コメントありがとうございます。
「たまらん坂」の現在の様子を見たとき、微妙に違和感を感じていたのですが、その原因の一端を示すものが、あの張り紙だったように思います。小心者なのであたりさわりのない文章でお茶を濁していたのですが、やはり同じように感じる方はいらっしゃるのですね。
まめさん、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおりですね。お墓でも、花が枯れれば管理人さんが片付けてくれています。そのあたりはドライに割り切らないと、収拾がつかなくなってしまうでしょう。
まぁ四十九日のあいだだけならガマンするしかないのかな、と近隣の人たちは思っているのではないかと。追悼という性格もあるので、いろいろ難しいですね。
22年前の学生時代にによく国分寺で遊んでました。
ボクがこの坂に来たのは1回だですが、かなり様子が変わったようです。 友達に連れて来られて石に彫られた名前を見ると平仮名で書いてあったので戸惑いました^^
やちぇちさん、はじめまして!&わざわざフランスからのコメント、感謝申し上げます。
昔は石垣にファンが書いたコメントがあったそうですが、今はそれもなくなったみたいですね。坂の傾斜も「たまらん」というほどではなく、クルマの行き来もわりとあるので、感慨にふけっていると身の危険を感じてしまいそうです。そうやって変わっていくのは仕方のないこととはいえ、少々淋しさも感じてしまいます。
初めまして!私はたまらん坂で管理人をしていた者です。
たまらん坂の近所に住んでおり、30年以上前からRCのファンです。
貴女は私が書いた文章を勝手に撮影し、勝手にブログに掲載されましたね。
あの文章には深い意味合いはありません。
あの場所は最初から私が管理をしていましたから、途中で意味もなく持ち去ろうとした人には怒りを覚えただけです。
なぜなら清志郎が亡くなった翌日の午前中、ある一人の女性ファンが訪れたのをきっかけに、私はすぐ国立市と国分寺市の清掃管理課に電話をし、ゴミとして処分しないようにお願いをし、
近隣住民には、「私が責任をもって管理しますから、あの状態のままにしておいてください。」と一軒一軒、挨拶に伺いました。
また国立市長にも直接お会いし、協力を求めましたら、
市長は快く受け入れて下さいました。
花束や飲み物などを手向けるのは四十九日までと決め、
四十九日が過ぎた6月20日、地元ファンや近隣住民に集まってもらい、みんなで清志郎の代表曲を歌い、その後、花束等の撤去を致しました。
(警察には道路許可書を申請してきました。)
全ての花束等は我が家へ持ち帰り、私が翌日分別してゴミとして処分致しました。
ファンの皆さんが書いて下さったノートや雑貨類、色紙などは、現在私が保管しています。
事実を何も知らない人達が、勝手な憶測コメントを書いているのを読み、正直、怒りを覚えました。
私は新聞や週刊誌等では、本名も年齢も公表しています。
メールください。
お待ちしています。
たまらん坂管理人さま、コメントありがとうございます。
たまらん坂での花束などの管理、お疲れさまでした。ファンの皆さんが花束を手向けたくなるのは普通の気持ちだと思いますが、問題はその後の管理。面倒な管理を一手にお引き受けになって、近隣住民に迷惑がかからないよう配慮され、警察へも道路許可証をとられ、さらには国立市長にも話を通されたとのことで、素晴らしい活動だと思います。私は熱狂的なファンではありませんが、心よりお礼を申し上げます。
清志郎さんを偲ぶたくさんの花束の風景を残しておきたくて写真を撮影したのですが、それと同時に、これらが何の管理もされずに無造作にゴミになっていくのではなく、きちんと見ている人がいるということも伝えておきたくて貼紙の撮影も行ないました。そういう活動に異議を唱えるためではありません。
当ブログは管理人個人の感想を書いているものなので、それを読んだそれぞれの個人がどのような感想(共感、反感など)をもつのも自由だと考えています。「たまらん坂管理人」さまが不快感をもたれたのでしたら、お詫び申し上げます。
「たまらん坂」という名称がついた当時は、まだ大木の木々がうっそうと茂る、山間の急な坂でした。
舗装するにあたり、徒歩でも歩きやすいようにと、坂を削ったと聞いています。
舗装する前のたまらん坂は、本当に、「たまらん、たまらん」というほどの急坂だったようですよ。
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ちなみに私は、国立市長、教育委員長、生涯学習課の役員等、市関係者の方々とお会いし、この事実を伝えてあります。
みいこさん
あなたは地元の方なんですか?
そうであるなら一度、メールを頂けませんか?
たまらん坂管理人さま、コメントありがとうございます。
お恥ずかしいことに、私はそれほど熱心な清志郎さんファンではありません。「曲は好きだけど持っているCDは1枚」という程度でした。より気になるようになったのは自転車生活をはじめてからで、その間に清志郎さんが多摩地区の出身であることや、「たまらん坂」という曲があることなどを知った次第です。
そんなわけで、「たまらん坂」の由来を知ったのも曲の存在を知る以前でした。国分寺の隣の市在住ではありますが、厳密には「近隣」でもありません。自転車で多摩地区のいいところを見て歩くのが好きなだけです。
私のように熱心なファンでなくても、清志郎さんを追悼したいという思いはそれなりにあり、彼のすばらしいところを紹介していきたいという気持ちがあることをわかっていただければと思います。ご迷惑をおかけするつもりも、批判する気持ちもありませんので、どうぞご理解ください。
なお、大変恐縮ですが、コメントにはコメントで、メールにはメールにてお返事したいと考えております。私のアドレスはプロフィールに明記してありますので、よろしくお願いいたします。